陶芸と、わたし

自分は、元々陶芸に特別興味を持ってる方ではありませんでしたが、今はいろんな経験や縁もあって陶芸の技術を覚えています。
生まれが金沢だったので子供の頃から地元美術館などで、九谷焼の名品などは身近に見てきました。
しかし形の硬い感じや、細い線がうまい感じや、平坦なマテリアルに、どうも面白さや興味が持てずそのままで居ました。

その後も幾つか、土を焼いて固めたような陶芸の作品を、偶々何か展覧会のついでに見たりしていて、ピカソのオブジェや、
アンソニー・カロの遺跡のような作品が興味深かったし、曜変天目茶碗宮川香山「褐釉蟹貼付台付鉢」は陶芸を使ってここまで出来るのか!と技法に驚いた。また白州正子が集めた骨董で作らせた「志野よびつぎ茶碗」は現代アートのコラージュのようで伝統的な古さがあるように感じた。また、それは陶芸ではないのかもしれないけど、化石のようなものや、広島平和記念資料館の人影の石はある意味、熱と時間と土をかけた陶芸のようなものという認識があった。他にも、地方の各地に今でも残る素朴な民芸品土人形も嫌いでは無かった。

そういう作品は面白かったり興味深く見たものの自分には特別出来るとは思わなかった。
出来ない理由は特別自分が作りたいと思う理由が無かったこと、陶芸窯を委託してお願いする場合、自分には陶芸教室に通って焼いて貰うには高価な気がしたこと、経験がものをいうので自分がそういう作業にかけられるか疑問があった、大きな理由の3つ。

オカヤドカリを飼っていた頃、ヤドカリの殻になる巻き貝殻を自作してみたいと思った時があった。その時はいろんな技法を想像したり、陶芸家の方に相談したものの、良い作り方は思い浮かばなかった。
須恵器の質感は嫌いでは無かったのと、須恵器の装飾付台付壺の上に乗った人形をみた時かわいいと思ったし、この程度の造形なら自分でも出来るかもしれないと思った。
また、インターネットで偶々炭と七輪で出来る七輪陶芸という技法を知ったとき、このぐらいだったら自分に出来ると思って始めた。2007年頃の話だったと思う。
それで少しづつ、七輪陶芸をやっていて、初めは手のひら程度のものだった。段々大きなものが作りたくなったけど七輪陶芸では焼けるものの大きさや厚みの限度があり、その時、金沢に居たので九谷焼自立支援工房の共同工房が比較的リーズナブルと知り、そちらでガス窯と電気窯の仕組みをなんとなく覚えた。陶芸について調べていくと、材料や道具がびっくりするほど店頭で揃わないことに驚くがインターネットの陶芸専門店で材料や道具を買うようにはなった。
大学の頃、実技必修の授業で、共通彫塑という授業があった。モデルをみながら油粘土で頭部を作り、石膏で型取りをして、最終的に油粘土と石膏を入れ替えて頭部をつくる課題があった。その当時は、塑像彫刻に興味があった訳でもないし、陶芸に石膏型が使えるなど思いつくことも無かったけど、今にしてみると凄く役に立ったと感じています。

東京に戻って、また陶芸をやってみたいと思うものの、七輪陶芸が出来そうな場所や、窯貸しをしてくれる工房がなかなか見つからなくて思うようには作れなかったけど、色々インターネットの届きにくい住居付近の情報を少しづつ集めていって窯の問題は解消しつつある。また、原宿ポケットパークの活動の参加依頼の話もあり、他の参加者の中で比較的、美術の技術や経験があったので、野外に置ける素材や用途を思ったときに、植木鉢や彫刻的なものが良いかなとおもい、そういう意味でも陶芸の技術は役にはたったとは思う。現在は、プロとして活動されている陶芸家の方が経営されている陶芸工房と教室のお手伝いをしつつ、身近に、陶芸の技法を、その先生だけでなく、定年後に陶芸を趣味にされている方や、プロになりたい陶芸技術を修行中の若い方に、陶芸の技法や作品について思いついたとき相談しつつ、子供教室の作品をみて素朴な造形方法や発想をまなびつつ、自分の作品を学んで作れる環境が楽しく、一人で調べて実践して確認していく作業とは別の面白さがあるなと思う。

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This entry was written by admin , posted on 火曜日 5月 08 2012at 11:05 pm , filed under days, memo, text . Bookmark the permalink . Post a comment below or leave a trackback: Trackback URL.

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