「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」@MOT東京都現代美術館 2015/07/18-10/12

MOT東京都現代美術館
おとなもこどもも考える ここはだれの場所?
2015/07/18-10/12

出展作家

  • ヨーガン・レール
  • はじまるよ、びじゅつかん(おかざき乾じろ 策)
  • 会田家(会田誠岡田裕子、会田寅次郎)
  • アルフレド&イザベル・アキリザン
  • こちらの企画で、”はじまるよ、びじゅつかん(おかざき乾じろ 策)”という企画に謎の監視員として、数日参加しています。
    この作品企画は、「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」という展示企画に対して、小学生や中学生に対して見せるための場所やイベントという作品企画です。
    大人の方は、展示室のなかに展示されている絵そのものは見られません。高校生の姿の方は、何かを朗読することで、展示室に入室できます。外や隙間からすこし見ることが出来ます。また、展示フロアの構造物や、展示場所のルールを知ることは出来ます。
    18才以下禁止の映像や、オトナの会員制倶楽部があるのなら?小中学生限定のヒミツの展覧会イベントといったところでしょうか?

    びじゅつかんには、ヒミツがいっぱい!

    展示されている絵は、東京都現代美術館の常設作品もあり、日を改めて、美術館の常設室で見ることも出来ます。
    展示されているみえる作品は何か?と思うとき、絵を飾る壁やバリケード、会場をめぐる検閲やルールの在り方、ネット検索で伺い知れる様など、必ずしも絵が見られないというだけでなく、いくつかのレベルで見られる様があるとは感じました。

    ”はじまるよ、びじゅつかん(おかざき乾じろ 策)”の会場、自分も数日はいるだけで、今までの様子はしらないし、自分が入らない日は入れないのでよくわかりません。 展示フロアには「謎の監視員」が日替わりで担当しています。「謎の監視員」は、研究者や学芸員やアーティストなど、自分含め様々なキャリアや職種の方がいらっしゃるようです。
    「謎の監視員」によって、展示に興味持てるような、さまざまな話題、クイズ、道具など、用意しているようです。

    「はじまるよ、びじゅつかん」のフロアのなかでは、ふつうに絵が展示されている部屋です。大人の方は入れませんが、入れない方は、あまり気にしないでください。

    親子で来られた方は、”はじまるよ、びじゅつかん(おかざき乾じろ 策)”のフロアで、途中に保護者のかたとお子さんが、別々での行動となりますが、次の会田誠の会田家フロアで待ち合わす約束をするとよいかもしれません。会田家フロアは、文章を読む作業や、映像作品が多いです。朝日新聞のニュースなどでいろいろ話題になってることもあるようです。

    さまざまなお知らせや報道、来客動員や作品の価格、作品の作り方や作られ方や飾り方、全体主義など色んな考えと自主規制や検閲、つまらないこと、興味がないことなど、展覧会にまつわる様々な出来事や物事をとおして、おとなも、こどもも、よい美術作品や展覧会について考えてみましょう。

    チラシや、展覧会会場のイメージとして、ひらのりょうさんのイメージも使われています。

    「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」期間中、
    アルフレド&イザベル・アキリザンの工作するワークショップもあるようです。
    7月中の土日祝、8月中の毎日(休館日除く) *各日2回制

    東京都現代美術館では、同時開催で、お子様向けに「きかんしゃトーマスとなかまたち展」、建築ファンに向けての南米の建築家「オスカー・ニーマイヤー展」、常設展「MOTコレクション 戦後美術クローズアップ」では、山下菊二、香月泰男、桂ゆき、万博破壊共闘派などの作品がならんでいるようです。

    ”はじまるよ、びじゅつかん(おかざき乾じろ 策)”にて、自分が「謎の監視員」をするにあたり、僕が提案したプランスケッチや、会場風景など。

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    https://www.flickr.com/photos/takashiyamauchi/sets/72157655919548688

    やまうちの「謎の監視員」スケジュール
    (スケジュールは、時々更新するかもしれません。未定の予定があります。)

  • 7月 19日 (日), 10:30 – 17:30
  • 7月 23日 (木), 11:00 – 15:00
  • 8月 2日 (日), 11:00 – 15:00
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    無条件修復 UNCONDITIONAL RESTORATION Pre-Exhibition @milkyeast 2015/4/25-5/22

    • milkyeastさんにて「無条件修復 UNCONDITIONAL RESTORATION Pre-Exhibition」というグループ展に参加しています。僕は、ここ数年調べてきた、岸田劉生の「道路と土手と塀(切通之写生)」と、劉生の代々木時代の調査と、「道路と土手と塀(切通之写生)」の構図を元に現在の風景をあてはめた絵を展示しています。
    • 5.2[土]のギャラリー・トークに、自分は参加します。
    • 展示に伴い、5.10[日]10:30 京王 初台駅東口改札(オペラシティ側)集合。代々木の現地を実際に回るツアーを企画します。数時間程度の内容で、初台、参宮橋、代々木上原付近を歩きます。ツアー内容、ツアーガイドについては、こちらのページを御覧ください。
    • 参加希望されるかたは、以下の入力フォームに御記入下さい。



     

    • 出展作家
      • 豊嶋康子 北川裕二 谷口暁彦 永田康祐 山内崇嗣 松村有輝 秋本将人 外島貴幸 中山雄一朗 宮崎直孝 高嶋晋一 中川周 篠崎英介 西浜琢磨 松本直樹 瀧口博昭 坂川弘太 梶原あずみ
    • 期間
      • 2015年4月25日[土]ー5月22日[金]
      • ※ 本展は、milkyeast(ミルクイースト)で、2015年9月開催予定『無条件修復 UNCONDITIONAL RESTORATION』のプレ展と位置づけ開催致します。
    • 開場時間
      • 水・木 18:00ー21:00|金・土・日・祝日 13:00ー21:00(月・火閉廊)
    • 会場
    • アクセス
      • 東京メトロ日比谷線、JR京葉線「八丁堀」新川方面B4出口から徒歩3分。A1出口から徒歩6分。
      • 東京メトロ日比谷線、東西線「茅場町」1番出口から徒歩9分。
    • WebSite
    • SNS
    • 主催/運営
      • ミルク倉庫
    • 企画/発案
      • 『無条件修復』実行委員会
        • 松本直樹、宮崎直孝、高嶋晋一、西浜琢磨、梶原あずみ、坂川弘太、瀧口博昭、中山雄一朗、篠崎英介、吉田和司(順不同)

     

    • [関連イヴェント]
    • ※会期中の情報、および、上記イヴェントの出演者や決行状況については、 twitterおよびFacebookにて、随時お知らせ致します。
      • レセプション
        • 4.25[土]19:00ー|入場料=1000円
      • ギャラリー・トーク
        • 5.2[土]、5.9[土]18:00ー|入場料=500円(ドリンク付き)
      • ツアー・イヴェント
        • #岸田劉生の場所いってみた
          • 5.10[日]10:30 京王 初台駅東口改札(オペラシティ側)集合|入場料=無料
          • 参加希望者入力フォーム
          • 企画:山内崇嗣 (雨天決行、雨量によっては中止の可能性あり)
        • 散策/都市観察『漂流教室─霊岸島から埋立地へ』
          • 5.16[土]10:00集合|入場料=無料
          • 企画:北川裕二 散策研究会(雨天決行、雨量によっては中止の可能性あり)
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    #岸田劉生の場所いってみた

    はじめに
    自分が、最初に素描を習ったとき、言われたのは、何かの箱とか、固まりなどを描く場合、自分の視線から見えない背後の形や背景も、想像しながら、想像できるような見え方をすれば、視界を写した絵にも実在感やリアリティが出ると教わりました。
    岸田劉生の「道路と土手と塀(切通之写生)」は、東京国立近代美術館に常に常設されており、画像の観覧も図書館にあるような本でも観覧しやすい絵です。この絵は、1915年に描かれて、現在ちょうど100年後の風景が絵のモデルの代々木に広がっています。絵のモデルの場所に立って、当時の風景を見ることは出来ませんが、些細にのこった痕跡を見つけたり、複数の、古い地図や、周辺の風景を描かれた絵を比較して、当時の代々木の「道路と土手と塀(切通之写生)」風景と周辺の風景を想像して、当時から現在にかけての時間の流れに思いをはせたいと思っています。


    https://www.google.com/maps/d/edit?mid=za5nDQrZYFaw.kYV5vD1T6gRw

    岸田劉生「道路と土手と塀(切通之写生)」(1915/11/05) 岸田劉生「代々木附近の赤土風景」(1915/10/15) 岸田劉生「門と草と道」(1916)
    村山槐多「某侯爵邸遠望(某公爵家遠望)」(1919) 椿貞雄「赤土の山」(1915/11/29) 昭和10年頃の河骨川水源付近
    1880-1881 東京都市地図2 東京北部(柏書房)p.75 1909 東京都市地図2 東京北部(柏書房)p.77 1937 東京都市地図2 東京北部(柏書房)p.79

    岸田劉生の「道路と土手と塀(切通之写生)」(1915/11/05)、「代々木附近の赤土風景」(1915/10/15)、「門と草と道」(1916)に出てくる電柱と、電柱の影を見比べて、切通しの坂に出向くと、とても近い場所とわかりました。古い地図を見比べると白い壁は、土佐山内家の屋敷の敷地塀とわかりました。
    現在も、岸田劉生が描いた電柱の場所に別の電柱、門の場所にマンションのドア、土佐山内家の塀はマンションの壁として一部のこっていました。
    その電柱を日時計のように眺めて、「道路と土手と塀(切通之写生)」(1915/11/05)が描かれた時間は、午前11時過ぎの風景とわかりました。
    更に、村山槐多「某侯爵邸遠望(某公爵家遠望)」(1919)という絵の見えた場所を特定すると、劉生が描いた当時の場所が、より立体的に見えてきました。

    • 岸田劉生と、代々木山谷と、日本史の年表
      • 1891
        • 岸田劉生 東京銀座に生まれる。
      • 1894
        • 日清戦争(-1895)
      • 1900年代
        • 土佐山内氏 山内侯爵邸 代々木山谷に移住
      • 1905
        • 日露戦争(-1906)
      • 1906
        • 田山花袋 代々木山谷 移住。自然主義文学。
      • 1908
        • 菱田春草 代々木山谷 移住。
      • 1909
        • 高野辰之 代々木山谷 移住。
        • 菱田春草「落葉」 明治神宮(南豊島御料地・皇室の所有地?)をスケッチ。
      • 1911
        • 白樺社 版画展覧会場で、リーチと劉生が出会う。劉生らにエッチング指導?
        • 劉生 柳宗悦・武者小路実篤ら『白樺』周辺の文化人とも知り合う。
        • 菱田春草 没。
      • 1912 大正元年(-1926)
        • 劉生 10/15-11/3 高村光太郎・萬鉄五郎らとともにヒュウザン会を結成。ヒュウザン会第一回展
        • 劉生 小林蓁(しげる)との出会い
        • 文部省唱歌「春の小川」 高野辰之が作詞。宇田川や渋谷川支流の河骨川がモデルと呼ばれる説がある。
      • 1913
        • 劉生 代々木山谷117  転居 (10月 – )
        • 劉生 「自分の行く道」10/8(「生活社主催第一回油絵展覧会出品目録」 10月) 随筆
        • 劉生 「木版画について」(「大阪朝日新聞」11月16日 日曜付録) 随筆
        • バーナード・リーチ「生命の木のモチーフのある湯呑み」陶器
      • 1914
        • 劉生 「The Earth」 エッチング ※バーナード・リーチ 代々木山谷の岸田家に訪問 (リーチ、版画指導?)
        • 劉生 「代々木付近」(2/1)
        • 劉生 岸田麗子 誕生(4/10)
        • 第一次世界大戦(-1918)
        • ※ 1915年までに 山内侯爵邸 敷地拡張 大きな塀を作る
      • 1915
        • 劉生 代々木山谷129 転居 (4月 – )
        • 劉生 現代の美術社主催第1回美術展(第2回展以降の名称は「草土社展」)に出品する。
        • 劉生 「才能及び技巧と内容について」6/18(現代の美術 第四巻 第三号 7月) 随筆
        • 劉生 「代々木附近の赤土風景」(10/15)
        • 劉生 「道路と土手と塀(切通之写生)」(11/5)
        • 椿貞雄「赤土の山」(11/29)
        • 劉生 「高須光治君之肖像」(12/22)
        • 京王電気軌道(現・京王電鉄)が南口の甲州街道上に新宿駅開設。
        • 明治神宮(南豊島御料地・皇室の所有地)造営工事開始
      • 1916
        • 劉生 04/04 デューラーの画集を見る。
        • 劉生 04/05 デューラーの画集を見る。
        • 劉生 04/10 デューラーの画集を見る。
        • 劉生 「門と草と道」(1916/6/7)
        • 劉生 荏原郡駒沢村新町1733番地16号(一説に玉川村下野毛) 転居 (7/23)
        • 京王電気軌道 10月に新宿?府中間が開通
      • 1917
        • 劉生 「静物(湯呑と茶碗と林檎三つ)」(8/31)
      • 1918
        • 村山槐多 代々木に移住
      • 1919
        • 村山槐多「某侯爵邸遠望(某公爵家遠望)」(1919) 村山槐多 没。
      • 1923
        • 関東大震災 (代々木震度6 鵠沼震度7)
      • 1926 昭和元年(-1926)
      • 1927
        • 小田原急行鉄道線 1927年開通。山谷駅 劉生や、菱田春草の住んだ、代々木山谷117
      • 1929
        • 岸田劉生没
      • 1930
        • 田山花袋 没
    岸田劉生「The Earth」(1914) 岸田劉生「日に蒸されたる赤土と草」(1913) ringo3b
    e383aae383bce38381 岸田劉生 「静物(湯呑と茶碗と林檎三つ)」部分 "THE EARTH"と描かれたリーチの湯飲み 切通しの坂 電柱の角 赤土 2015/0412

    ウィリアム・ブレイク 『無垢と経験の歌(無心の歌、有心の歌)』 序詩

    詩人の声を聞け! Hear the voice of the Bard,
    その者は現在、過去、未来を見、 Who present, past, and future, sees;
    その耳は Whose ears have heard
    古代の木々の間を巡る  The Holy Word
    神聖な言葉を聞いた。 That walked among the ancient trees;

    失われた精霊を呼び Calling the lapséd soul,
    夜露に涙をながす声は、 And weeping in the evening dew;
    北極星を That might control
    動かし、 The starry pole,
    堕ちた光を生き返らせるだろう! And fallen, fallen light renew!

    おお地よ、地よ蘇れ! O Earth, O Earth, return!
    湿った草の間から立ち上がれ。 Arise from out the dewy grass!
    夜は衰えた、 Night is worn,
    眠りの群の間から And the morn
    朝が立ち上がる。 Rises from the slumbrous mass.

    もう顔をそむけるな。 Turn away no more
    なぜお前は顔をそむけるのだ。 Why wilt thou turn away?
    星の広間 The starry floor,
    海に沈んだ岸は The watery shore,
    夜明けまでの存在なのに。 Is given thee till the break of day.’

    岸田劉生が代々木山谷に住んだ、1913年から、1916年あたりの記録をみると、思った以上に、バーナード・リーチとの付き合いが目につきます。当時のリーチは、陶芸家というより版画の技術者という面があり、劉生にエッチング版画の技術的手ほどきをおこなっていたようです。リーチは、1907年からロンドン美術学校でエッチングの技法を習得していました。
    たぶん、このころ、リーチは、劉生に、ウィリアム・ブレイクの詩や絵の紹介を受け、二人は感銘し、「The Earth」(1914)という版画作品を劉生が作ったり、リーチは「THE EARTH」と書かれた湯飲みを作っていたようです。ウィリアム・ブレイク『無垢と経験の歌(無心の歌、有心の歌)』には、大地という意味で”EARTH”という言葉が複数回出てきます。ウィリアム・ブレイクの作品から、結果的に、銀座生まれの岸田劉生自身は自然や風景に目覚めて、バーナード・リーチは東洋の土や粘土や陶芸というものに目覚めたようです。ウィリアム・ブレイクの『無垢と経験の歌(無心の歌、有心の歌)』 「おお地よ、地よ蘇れ!」の一節が、岸田劉生の代々木の赤土の油絵や、バーナード・リーチの陶芸の制作や、土の蘇りにかかってるように感じました。
    今回観察中に、切通しの坂付近に工事中の場所があり、代々木山谷の赤土を見ることが出来ました。

    「切通し」の実景(1971/8) IMG_7055 岸田劉生「門と草と道」(1916)の場所 2015

    「道路と土手と塀(切通之写生)」(1915)を丁寧に見てみる。
    山内家の塀と、道と、土手の消失点を追うと、その消失点の三点は交わることはありません。また道路幅が歪んで見えるところは、絵を描いただろう場所に立って眺めると道幅そのものの形が歪んでいることが確認できました。道の登りは狭く、下りは広がっていました。

    「道路と土手と塀(切通之写生)」から四年後の風景、村山槐多「某侯爵邸遠望(某公爵家遠望)」(1919)の絵の中で、「道路と土手と塀(切通之写生)」の該当部分を見てみましょう。四年前の風景から、土手が舗装され、電柱が増え、土手の上に家が建って見えます。
    「道路と土手と塀(切通之写生)」の影で見える電柱も、電線が走っていたのかな?と思うと怪しく、その後の風景を思うと出来たばかりの電柱だったように感じます。

    一つ疑問だったのは、1909年 中野の地図を見ると、土手の上に数軒の家があるように確認できます。地図そのものの精度が悪いので、今ひとつよくわかりませんが、土手の上に家があったとすれば、場所によっては、岸田劉生が1915年に坂の下から土手を見上げたとき、家が見えたけれど記述しなかった風景だったのかもしれません。

    「道路と土手と塀(切通之写生)」注釈付き 切通しの坂。劉生の坂の絵、パースが狂ってそうにみえたところ、実際に地形そのものが歪んでいます。逆S字型に、上がりが狭め、下りが広め。#岸田劉生の場所いってみた 村山槐多「某侯爵邸遠望(某公爵家遠望)」(1919)部分
    1909年 中野 1937年 中野

    近所の人 近所の風景
    岸田劉生が代々木に住んだ場所は二軒あり、代々木山谷117(東京都渋谷区代々木1丁目46−2)、代々木山谷129(東京都渋谷区代々木3丁目16−11)周辺に住んでいた人や、場所を知ると結構おもしろかったので、その周辺のメモ

    切通しの坂

    岸田劉生「道路と土手と塀(切通之写生)」のモデルの坂。東京都渋谷区代々木4丁目19-1付近

    河骨川

    「春の小川」のモデルの一つとされる川。宇田川や渋谷川の水源の一つ。田圃の水を引く川、現在は暗渠としてあり、土佐山内氏 山内侯爵邸宅敷地内に水源になる池があった。特定非営利活動法人渋谷川ルネッサンスによって地域活動や研究がすすんでいる。「春の小川」の作詞をした高野辰之は代々木山谷在住。

    明治神宮

    江戸時代は近江彦根藩井伊家、明治以降は南豊島御料地の敷地として皇族の敷地として、1915年以降は、明治神宮として。造営以前の風景は、菱田春草の「落葉」の風景のようなところもあり。菱田春草が周辺をよく散歩していたらしい。

    明治神宮 造営前の社殿予定地明治神宮 造営前の宝物殿予定地 遠方に淀橋(現 西新宿)の工場

    土佐山内氏 山内侯爵

    土佐藩山内家の子孫。山内豊景(1875 – 1957)侯爵。その養子、山内豊秋(1912 – 2003)あたりが、代々木山谷に住んでいたと思われる。岸田劉生の「道路と土手と塀(切通之写生)」や、村山槐多「某侯爵邸遠望(某公爵家遠望)」の塀は、土佐山内氏の家の塀。山内家の塀と思しき塀は今でも一部のこっています。

    山内侯爵邸の壁

    菱田春草

    1908年から1911年の間、三軒ぐらいの家を渡り歩く、最初の家は、岸田劉生の東京都渋谷区代々木1丁目46−2の住所と同じ住所でした。在住当時、「落葉」(1909)「黒き猫」(1910)「早春」(1911)など、彼の名作を作る。滞在期間は、劉生と重ならない。岸田劉生から春草への言及は見かけませんが、知らないはずは無かったでしょう。最晩年の家(東京都渋谷区代々木3丁目58−2)付近の代々木山谷小学校は、明治神宮造営時に開校。それ以前は住宅地の中の藪だったそうで菱田春草が観察に訪れたと思われます。史跡有り。

    椿貞雄 高須光治

    草土社の椿貞雄は、思いの外近所に住んでおり、劉生日記などみても登場回数は多い。高須光治と同居もしていたようで、高須光治は、岸田劉生の「高須光治君之肖像」(1915)でも有名。椿貞雄がモデルの劉生による肖像画もあります。草土社=岸田劉生ファンクラブ。

    田山花袋

    「蒲団」の人。自然主義文学。岸田劉生は、武者小路実篤との交流もあり、田山花袋を作家として知らなかったはずはないと思うのですが、近所に住んでいました。劉生からの交流はとくになく。20才くらい隔たりはあるのでなかなか難しかったのかもしれない。史跡有り。

    村山槐多

    東京都渋谷区上原1丁目15−1付近に、1918-1919 最晩年在住。代々木地域では、岸田劉生と村山槐多は出会わない。

    1910年代の代々木ガイド 岸田劉生「道路と土手と塀 (切通之写生)」 参宮橋方面

    1910年代の代々木ガイド 岸田劉生「道路と土手と塀 (切通之写生)」 参宮橋方面.pdf

    土手沿いの影?

    岸田劉生「道路と土手と塀(切通之写生)」 部分注釈付き 岸田劉生「代々木附近の赤土風景」 部分注釈付き 村山槐多「某侯爵邸遠望(某公爵家遠望)」(1919) 部分注釈付き
    劉生「道路と土手と塀(切通之写生)」(1915/11/05)部分 劉生「代々木附近の赤土風景」(1915/10/15)部分 槐多「某侯爵邸遠望(某公爵家遠望)」(1919)部分

    劉生の「道路と土手と塀(切通之写生)」(1915/11/05)と「代々木附近の赤土風景」(1915/10/15)を見分けると、周辺の土地の形がわかってくる。「道路と土手と塀(切通之写生)の細い二本の影は電柱の影であること、その電柱の向こう側には田畑でくぼんでいたこと、そこまでは簡単にわかる。
    「道路と土手と塀(切通之写生)」の道路沿い、土手並びに、地割れのヒビと、二本の細い影を見かける(追加の部分図で示すところ 影A 影B)、道路沿いに、5m程度の針葉樹らしき樹木が植えられており、その謎の細い影も5m程度の針葉樹らしき樹木かな?と思えるのですが「代々木附近の赤土風景」の所定の場所には樹木はありません。道路沿いの土手には一本の木も、生えていません。槐多「某侯爵邸遠望(某公爵家遠望)」(1919)の所定の場所をみると樹木が生えています。
    周辺の時代と環境を考えると、山内伯爵家の塀は出来たばかりで、二本の電柱は当時の新しい公共事業だっただろう。
    そのような三枚の絵から、1915年11月05日(「道路と土手と塀(切通之写生)」)の、土手沿いの影のついて考えると、二つの説を僕が考えました。

    (1)地割れ防止として、道路沿いに木を、1915年10月15日から、11月05日の間に植えた。
    (2)道路沿いに木は、1915年10月15日以前から生えていたのだけど、絵画的な工夫として「代々木附近の赤土風景」では、描かなかった。

    どちらにしろ、劉生「道路と土手と塀(切通之写生)」(1915/11/05)の時期、道路沿いには樹木は生えていたと考えます。
    その検証を元に、1915年10月15日の「道路と土手と塀(切通之写生)」の右側の風景を考えて、絵を描いてみました。
    「道路と土手と塀(切通之写生)」の立ち位置から望むと、電柱の向こうに、田畑、田畑の向こうに10m程度の針葉樹が望めるかな?と思いました。

    20150715

    20151105

    参考書籍

    • 岸田劉生随筆集 岩波文庫
    • 摘録 劉生日記 岩波文庫
    • 劉生日記 1 明治40年 大正9年 岩波書店(1984)
    • バーナード・リーチ日本絵日記 講談社学術文庫
    • 岸田劉生画集 1984 岩波書店
    • 生誕110年 岸田劉生展(2001)
    • 岸田劉生・佐伯祐三 (アート・ギャラリー・ジャパン 20世紀日本の美術)集英社 (1987/02)
    • ウィリアム・ブレイク 『無垢と経験の歌(無心の歌、有心の歌)』
    • 東京美術散歩 桑原住雄 著 角川書店 1964 (角川新書)
    • 渋谷ユートピア : 1900-1945 : 開館30周年記念特別展 渋谷区立松濤美術館 編
    • 「春の小川」の流れた街・渋谷 : 川が映し出す地域史 白根記念渋谷区郷土博物館・文学館 編集
    • 「明治神宮の森」の秘密 明治神宮社務所(1997)
    • 1880-1881 東京都市地図2 東京北部(柏書房)p.75
    • 1909 東京都市地図2 東京北部(柏書房)p.77
    • 1910 明治43年 中野 地理調査所 大日本帝国陸地測量部 1:10000
    • 1930年代  渋谷區全圖 内山模型
    • 1937 東京都市地図2 東京北部(柏書房)p.79
    • 1937 昭和12年 大東京區分圖 三十五區之内 渋谷詳細圖 日本統制地図株式会社(東京、発行所)
    • 1945 東京都市地図2 東京北部(柏書房)p.81
    • 1947? 大東京區分圖 渋谷詳細圖
    • 1956-1958 東京都市地図2 東京北部(柏書房)p.83

    八丁堀のmilkeast にて、設営中。展示は、明日より、一ヶ月ほど、やっています。http://milkystorage.tumblr.com グループ展で、豊嶋康子さんや、谷口暁彦さんなど、御一緒させて頂いています。

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